2005年4月24日日曜日

『博士の愛した数式』

『博士の愛した数式』 小川洋子

初めてこの本を読んだのは、もう1年以上前のことでした。あまりに素晴らしく、あまりに衝撃的だったので「すぐにブログで紹介しよう!」と心に誓ったというのに、今日まですっかり忘れていました。


こんなわけで、私たちは日々多くのことを忘れて生きているわけですが、「自分は忘れてしまったのだ」という事実に気づくのは難しく、そしてそれを自覚するとなかなかに凹みます。

博士の周りの人たちが、「博士は大事なことを忘れてしまっている」という事実をできるだけ気づかせないように、優しい心配りをするようすに、自分の周りの人たちの姿を重ねて目頭が熱くなりました。

本当に感動。すばらしい本でした。

2005年2月27日日曜日

Thank you Supercar.

スーパーカーの解散ライブ。

会場はすごい熱気だし、ライブTシャツを身に付けてものすごくテンションが上がる一方で、あぁ、解散しちゃうんだなぁって沈みもする。

そして、開演。同時に、終演の始まり。

MCも一切なく、アンコールにも応えない、解散ライブであっても、まったくスーパーカーらしいライブでした。「今まで支えてくれたファンのみんな、ありがとう!」なんて言葉、ナカコーに期待していたわけじゃないけど。

私が初めてスーパーカーに出会ったのは、湘南で過ごした大学時代。「爽やかな歌詞を、爽やかさのまったくない声で歌う」というスーパーカーの初期のスタイルに「なに、これ?」と苦笑しつつも、毎日東海道線に揺られながら、MDウォークマンを耳に通学をしていました。

大阪で過ごした社会人1年生時代は、見知らぬ地で夜遊びする友達もおらず、会社の寮の部屋で、ひとり、スーパーカーを聴きながらペディキュアが乾くまで踊ったりしたこともありました。

ミキちゃんと同世代の私は、スーパーカーの歌詞は自分の青春そのものだったし、次第に歌詞から音重視へと移っていったその音楽スタイルも、自分が学生→卒業→就職という環境の変化をするように、スーパーカーも成長して変化していくんだなぁと思いながら違和感なく一緒に動いている気分になったものでした。

昨日の解散ライブで歌われた曲のそれぞれには、私には私なりの思い入れがあって、いろいろなことを思い出して、ステージのじゅんじくんが涙でぼやけてしまったこともありました。

でも、終わってから気付いたこと。スーパーカーの曲とともに思い出されることの1つひとつは、もう私にとっては失われてしまった思い出であるし、そしてスーパーカーの歌も、もうCDで聴くことしかできないけれど、学生時代、私にスーパーカーを紹介してくれた人は、今も私の近くに居てくれる。

ひとつの時代が終わったけれど、まだ続いているものもあるのだ。

大切にしなくちゃ。

2005年2月6日日曜日

「女はみんな生きている」



「女はみんな生きている」を観ました。フランス映画で、原題は"CHAOS"。

主人公の主婦は「私っていつもこのバカ亭主とクソ息子の言うこと聞いているけど、あぁ、こんな人生って、もううんざりだわ、私が女じゃなかったらこいつらなんて鼻で使ってやるのに」みたいな不満を心の底に持っていて、ある事件をきっかけについに爆発。その事件の被害者である娼婦と一緒に、男世界から抜け出していきます。

登場する人物は、男はとことんバカだし、女はみんな男以上に知性も勇気も兼ね添えている。男性が観たら苦々しい気分になりそうですが、女の私から観たら実に痛快。観終わった後はスッキリ爽やかな気分でした。

2005年2月3日木曜日

『柔らかな頬』

『柔らかな頬』 桐野夏生

一作目に読んだ『out』がトラウマになり、桐野夏生が苦手なのですが、解説(福田和也)に惹かれて久しぶりに手に取りました。

テーマは「“絶望を受け入れる”という救われ方について」。
現実社会で生きるには、哀しんだり怒ったり凹んだりしながら絶望を消化していかなければならないのだけれど、絶望感が大きければ大きいほど、それはとても難しい。

本作は最愛の子供が失踪した、という絶望を母親が何年もかけて受け入れて行く過程が描かれています。とても考えさせられるテーマだし、とても読みやすく、『out』みたいな薄気味悪さもあまりありません。きっと、上巻を読み終わったらすぐに下巻を買いたくなると思います。

でもたぶん、絶望に取り込まれて、読み返す気は起きないかな……。

2005年1月31日月曜日

「青い春」



「青い春」を観ました。

この映画、一言で感想をいうと、「やるせねぇ」。

「暗い映画だけど観終わった後には清々しい気持ちに……」なんてレビューが某サイトに載っていたけれど、私は全然そんな気分にはなれませんでした。

10代の高校生だけが感じ得る絶望感みたいなものを、もう、思いっきり感じ取ってしまって、観た後はしばらく口が開けなかった。

ミッシェル・ガン・エレファントの歌もほんとうに素晴らしい。解散が惜しまれます。

2005年1月25日火曜日

「ジョゼと虎と魚たち」



「ジョゼと虎と魚たち」を観ました。

自分の心の奥にある、人に触れられたくない部分を羽でサワサワと軽く刺激された気分になった映画でした。

池脇千鶴は新世界の裏路地あたりに住んでそうな娘を見事に演じきっているし、妻夫木くんはダメ大学生をまさに地でいってる。純愛ブームのさなか、こういう普通の恋愛ものは、なんかほっと安心できますね。世の中そんなきれいごとだけじゃねぇだろ、みたいな。

障害者に対する偏見とか、いろいろと伝えたいメッセージもあると思いますが、とにかくこの映画は妻夫木くんに思いっきり感情移入して、えらく胸きゅんな気持ちを味わってほしいです。

2005年1月18日火曜日

「グッバイ、レーニン!」



「グッバイ、レーニン!」を観ました。

要するに、この息子は相当のマザコンなのだと思うのです。

初めは母親の健康のためを思って話す嘘も、熱心な共産主義者だと思っていた母親の心が、本当は、息子の自分(東ドイツ)ではなくて幼い頃に越境してしまった父親(西ドイツ)に向いてると分かるや、意固地になって嘘をつき続けてしまう。

「お母さんはオレが守る!」という気持ちがどんどん自己満足化して、どんどん大嘘に膨らんで、そして嘘がどんどん破たんしていくわけです。

それはとんでもなくかっこわるいのだけれど、同時に、精いっぱいの母親への愛情に胸を打たれ、どうしようもなく切ない気分になったのでした。

2005年1月10日月曜日

「死ぬまでにしたい10のこと」



「死ぬまでにしたい10のこと」を観ました。

余命数カ月と判明した主人公(大学の清掃係)が死ぬまでにしてみたいことを、夜中のカフェで書き出す。

・髪型を変える
・娘たちに新しいママを見つける
・夫以外の男と恋をする

挙げられた10のことは、別段大したことではないのですが、余命数カ月と告知されてからしてみたいことって、案外こんな些細なことばかりなんじゃないかなぁと思えるんですね。

もっと泣ける系かと思ったけれど、明るくひたむきなヒロインにじめじめ感はなく、自分がいなくなっても、残された家族が心安らかに生きて行けるようにと健気に気を配る姿が胸を打ちます。

映画では、この場面でこの音楽!という、音と映像がぴたりとはまる瞬間があると思いますが、本作の場合は、それが"God Only Knows"。心をぐっとつかまれます。

2005年1月2日日曜日

「ラブストーリー」



「ラブストーリー」を観ました。

号泣。恋愛ものを観て、鼻呼吸ができなくなるほど泣きたい気分のときに観たい作品です。

正直なところ、『猟奇的な彼女』を観たときにも感じたクァク・ジョエン監督独特の下品さにはかなりげっそりする部分はあります。最後まで続く悲劇イベントのオンパレードに、「泣ける」より「泣かされる」感が強いのも事実。

でも、そんなことを差し引いても余りある主人公の可愛らしさといったら!

ストレスがたまったときに観て、思いっきり泣いたらスッキリしそう。