2005年2月27日日曜日

Thank you Supercar.

スーパーカーの解散ライブ。

会場はすごい熱気だし、ライブTシャツを身に付けてものすごくテンションが上がる一方で、あぁ、解散しちゃうんだなぁって沈みもする。

そして、開演。同時に、終演の始まり。

MCも一切なく、アンコールにも応えない、解散ライブであっても、まったくスーパーカーらしいライブでした。「今まで支えてくれたファンのみんな、ありがとう!」なんて言葉、ナカコーに期待していたわけじゃないけど。

私が初めてスーパーカーに出会ったのは、湘南で過ごした大学時代。「爽やかな歌詞を、爽やかさのまったくない声で歌う」というスーパーカーの初期のスタイルに「なに、これ?」と苦笑しつつも、毎日東海道線に揺られながら、MDウォークマンを耳に通学をしていました。

大阪で過ごした社会人1年生時代は、見知らぬ地で夜遊びする友達もおらず、会社の寮の部屋で、ひとり、スーパーカーを聴きながらペディキュアが乾くまで踊ったりしたこともありました。

ミキちゃんと同世代の私は、スーパーカーの歌詞は自分の青春そのものだったし、次第に歌詞から音重視へと移っていったその音楽スタイルも、自分が学生→卒業→就職という環境の変化をするように、スーパーカーも成長して変化していくんだなぁと思いながら違和感なく一緒に動いている気分になったものでした。

昨日の解散ライブで歌われた曲のそれぞれには、私には私なりの思い入れがあって、いろいろなことを思い出して、ステージのじゅんじくんが涙でぼやけてしまったこともありました。

でも、終わってから気付いたこと。スーパーカーの曲とともに思い出されることの1つひとつは、もう私にとっては失われてしまった思い出であるし、そしてスーパーカーの歌も、もうCDで聴くことしかできないけれど、学生時代、私にスーパーカーを紹介してくれた人は、今も私の近くに居てくれる。

ひとつの時代が終わったけれど、まだ続いているものもあるのだ。

大切にしなくちゃ。

2005年2月6日日曜日

「女はみんな生きている」



「女はみんな生きている」を観ました。フランス映画で、原題は"CHAOS"。

主人公の主婦は「私っていつもこのバカ亭主とクソ息子の言うこと聞いているけど、あぁ、こんな人生って、もううんざりだわ、私が女じゃなかったらこいつらなんて鼻で使ってやるのに」みたいな不満を心の底に持っていて、ある事件をきっかけについに爆発。その事件の被害者である娼婦と一緒に、男世界から抜け出していきます。

登場する人物は、男はとことんバカだし、女はみんな男以上に知性も勇気も兼ね添えている。男性が観たら苦々しい気分になりそうですが、女の私から観たら実に痛快。観終わった後はスッキリ爽やかな気分でした。

2005年2月3日木曜日

『柔らかな頬』

『柔らかな頬』 桐野夏生

一作目に読んだ『out』がトラウマになり、桐野夏生が苦手なのですが、解説(福田和也)に惹かれて久しぶりに手に取りました。

テーマは「“絶望を受け入れる”という救われ方について」。
現実社会で生きるには、哀しんだり怒ったり凹んだりしながら絶望を消化していかなければならないのだけれど、絶望感が大きければ大きいほど、それはとても難しい。

本作は最愛の子供が失踪した、という絶望を母親が何年もかけて受け入れて行く過程が描かれています。とても考えさせられるテーマだし、とても読みやすく、『out』みたいな薄気味悪さもあまりありません。きっと、上巻を読み終わったらすぐに下巻を買いたくなると思います。

でもたぶん、絶望に取り込まれて、読み返す気は起きないかな……。